人生いろいろ
先日、ここ15年ほど付き合いのある男と会った。2ヶ月に1回くらいの割合で朝、Dというファミレスで会うのが常だ。これといった用事があるわけではないのだが、細々と年金で暮らす彼は「暇で仕方ねえんだよ。会おうよ。」と言って、よく電話をしてくる。「そのうちに・・」と、いつもはぐらかすのだが、3度に一度は会ってしまう。
彼は今から40~45年前、ギターを抱えて夜の盛り場を流す演歌師をやっていた。「やくざな稼業だよ」そういって、いつも彼は笑う。そういった経歴を持つ彼とどこで知り合ったのか、何故知り合ったのか、不思議な気がする。
少々法律に関する知識を持つ私に、今から15年ほど前に、当時私と交流のあった或る人物が「遺産相続」のことで相談に乗ってやってくれと言って引き合わされたのが、彼と知り合うきっかけとなった。しかし、今はその紹介者との交流は私にも彼にもすでになくなって久しい。それでも、なぜか彼との交流は続いている。
会えば、いつも昔の話になり、それもベランメエ口調で一方的に喋るものだから、私はいつも聞き役で、又、店内に響き渡る大きな声で、私自身、少々恥ずかしい思いをする。
それでも先日会った時に聞いた彼の話は興味深かった。当時、演歌師の相場というのは3曲で200円だったという。時代の趨勢で店内にジュークボックスがおかれ、それがカラオケにとって変わられるようになってから、彼らはその仕事場を追われるようになるのだが、それでも全盛時はかなり稼いだようである。酔客にからまれ、頭から酒を浴びせられたこともあるという。気の荒い彼は、何度も客と喧嘩になったそうだが、ある時、その店のママに「この稼業をやっているからには我慢も稼ぎのうちだよ」と言われ、我慢をするようになったという。その我慢を繰り返すうちに、その酔客が次回来たときには「この前は悪かった」と言って、ポケットに多額のチップをはずんでくれたり、店のママに「今日はよく我慢してくれたね」と言って余分に金額を包んでくれたという。
彼はそのことについて、表現こそスマートではないが「俺はこの仕事を通じて、我慢には余禄がついてくることに気づいた」と言う。
しかし、その後彼には不遇の時が付いて回る。やることなすこと、すべてが空回りし、大病を患ったり、片脚を失ったり、借金に追われたりする時代が始まるのだ。
それは「あれが俺の運命を狂わせてしまったと思うよ」と彼がいう次のことが、きっかけとなったようである。
或る社長に「Aチャン(彼の名) 300万用意できないか?2ヶ月で俺が倍にしてやるよ」と言われ、それが先物取引の出資金だと説明されたが、詳しい内容は知らず、当時の300万と言えば、大金中の大金、随分迷いもしたが、思い切って用意したという。(この人は俺をだます人ではない)というのが最後の決断になったという。
結果、だまされはしなかった。1ヶ月後には、その300万が1100万になったという。
「それからだよ。俺の金銭感覚がおかしくなったのは・・・御世話になりましたと言って出す金は10万、旅行に行って楽しい思いをするのも10万、何をするにも1口10万というのが俺の金銭感覚になってしまった。10万と言えば、当時の大学出の初任給より高かったんだ。仕事をするにしても、コツコツやって、その程度の金額にしかならないのか、という仕事はすべて馬鹿らしくなってしまった。」
3曲200円という仕事をしていた彼は、もはや、そんな仕事は屑仕事としか思えなくなったと言い、その後、プロモーターのような仕事を手がけ、それでも、一晩で何千万という利益もあげたというが、多額の借金を抱えるのに時間はかからなかったという。
「金っておそろしいなっ!人間、変えちまうんだもんな」彼はそう言った。そして「案外、その300万、騙されたほうが、あとの人生、よくなったかもしんねえよ」とまで言う。
その彼が最近、随分元気そうで、顔色もよく以前よりちょっと太ったみたいなのだ。
「今、何か、アルバイトでもやってんのけ?」普段上品な(笑い)私も彼につられて、ついベランメエ口調で聞いてみた。
「それがよっ!今、ボランティアに登録して、老人ホームとかにギター抱えて慰問で歌を歌いに行ってんだよ」と照れくさそうに話した。
「認知症の老人とかがいて、それでも俺の歌聴いて、一緒になって歌い出したりするんだよ。それが結構うまいんだ。喜んでくれてな!結局よっ!人に喜んでもらえることやるのが一番だな。ボランティアだから、お金はもらえないけど、不思議なもんで、こういう仕事やり始めてから、体調もいいし、案外、金にも困らないようになってきたんだよ」
人生の歯車というのは、何処ではずれ、どこで噛み合うのか、不思議な気がする。
金でもなければ、地位や名誉でもないような気がする。
先日会ったAさんは私が15年間会ってきた中で、一番いい笑顔をしていた。
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