帰国日

今日帰国。今回の上海訪問もあっという間だった。confident昨夜、業務の最終確認も無事終わり、次の訪中への課題が見つかった。何としてでもチャンスをものにしてみせるという決意の土産presentを持って帰国した。happy01scissors

昨夜の懇談の中。日本企業の『安く作りたい。品質は日本並みに…』というのも、限度がある。あまりにも日本の傲慢さが表面に出ている企業は撤退している。という話があり、うなづける気がした。yen金にもの言わせて中国を使っていたのが、世界不況の折、金がないでは、ある意味日本に魅力がなくなったと言うのも中国の見方である。もう中国は日本を追い抜く経済成長をし続けている・・・友好的なビジネスを真摯に心掛けないと今に、中国にも愛想を尽かされ、日本は世界で孤立するのではないかsign02とも思ったりする。

01_2 父は若い頃、中国で学び・・・社会人になってからもアメリカ、ヨーロッパ、アフリカと貿易で世界中を飛び回っていた。そんな父の血が流れているのだろうか。HOSTELのみつばちBARで、インド人が、アメリカ人が、イギリス人が、スペイン人、中国人が『又、会おう』と私に握手を求めてきた。中には、やっと覚えた日本語で、『お元気れ~』と、たどたどしく言って来る人もいた。心からの対話は世界に友好の輪を広げる。

私は恩師の言う『地球市民』を貫きたいと思う。

いずれにしても、今後厳しい戦いを余儀なくされるが、戦い甲斐のある余生ではある。punch

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滞在日記⑤

明日帰国の為に今日は外出を避け資料memopenをまとめることにした。good

朝食の時、昨日airplane来たというインド人の56才のオヤジと話した。朝からビールを飲んで、酔いどれているが、大学の経営学の先生らしい。勉強の為、世界を回ってるそうだが、インドも景気が悪く、失業者が多いとのことだ。この世界の経済状況をどう分析するか?とその先生に聞いたところ、いろいろ話してくれたが、肝心のところになると、殆ど、聞き取れないbearing私の語学力も、せいぜいその程度かと自信喪失するが、weepそれでも、彼は『君とはいい友達になれそうだ。2年前、日本に行った。I love Japan 何故、日本が好きになったのか、君と会って分かったような気がする』となどとお世辞を言って、握手を求められた。

  明日の帰り支度をしていたら、突然、普段より激しくドアを叩く音punchドアを開けると、そこには身の丈2mはあろうかというポリスマンthunderいきなり『名前は?国?同伴者は?』とまくし立て、HOSTELのスタッフが『彼は一人です』というと『誰もお前に聞いてない』と怒鳴りつけ、私が答えると『あ~ん』と言って何の挨拶もなく帰って行ったpoutそれにしても、警察にすごまれて、必死に中国語、使って答えた我が身が情けない。南京西路の時のように、大阪弁で言うたったら良かったbleah やはり裏路地はまだまだ治安が悪いと再認識させられたものだcoldsweats02

夜は業者と最終確認をかねての晩餐。restaurant上海グルメを十分に楽しんだ。

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滞在日記④

今日は、父が若い頃、学んだpenところに行った。上海の虹口地区である。古い言葉で言えば、日本祖界、分かりやすく言えば、日本人街。戦前、日本が中国統治の為に作った区域である。中国は清時代以降はあちこちの国の干渉を受けていた。think だから、上海にはフランス祖界もあればイギリス祖界もある。

そこに行く地下鉄の中、年端もいかぬ子供thinkのお乞食さんが来た。マルコメ坊やみたいな頭をひたすら、床につけて回っていた。一言も発さず、ただ、そのスタイルを貫き、結構、お金moneybagをもらっていたようだ。

今朝の私の朝食は肉まん2ツ買って2元、昼のラーメンnoodleが5元だったことを思う時、その子供は十分、食っていけてるのではないかsign02と妙に感心したものだ。confident稼ぐ方法はともかくとして・・・この格差社会の激しさを見るにつけ、日本では大の大人が仕事がないと言って、会社や環境を恨み、小銭を見せながら派○村で飯を食わせてもらってるという事実にどうも合点がいかぬものを感じる。そういった人たちに、この現実を見せてあげたいとも、思ったりする。発展している上海でも、中心地からわずか30分か40分動いただけで、生活様式が、ガラリと違うという現状・・・まだまだ中国は貧しいと思う。

そんな事を思いながら地下鉄は虹口地区に着いた。5分ほど歩くと、そこには70年前の日本が間違いなく存在していた。私が物心ついたのは、57~58年前だろうか?その時の再現を上海で目のあたりにして、感激だったweep今、そこの大半は店を構えており、果物屋だったり、食堂だったり、狭い路地に活気を満ち溢れさせてた。父の大学はどこにあったのか見当もつかない。敗戦と共に取り壊されたのだ。しかし、ここらあたりにあったことに違いない。きっと現存の日本瓦の家屋意外の所にあったに違いないのだ。父の学んだ大学の跡は分からなかったけど、当時18才だった父はどんな思いで、この上海の地に降りたったのだろうかconfident親の破産で進学を断念しようと思っていた時、外務省の特待生で海外留学生の募集に応募し50倍の競争率という難関を突破したと聞いたことがある。その後、揚子江を上って1年間放浪したという父である。

  そんなの父のルーツを辿り、息子として『オヤジ!俺も上海へ来たよsign03ここで一旗上げるよannoy』と心に誓い帰路についた。                  

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滞在日記③

一昨日は地下鉄subwayに乗って、上海の北東のはずれ、西のはずれまで行ったので、今日は東南のはずれ、上南路へ、そして北西のはずれ、富錦路に行った。地下鉄に乗ることにもすっかり慣れ、自動切符売り場では中国に来て以来、3人目の中国人に、切符の買い方を尋ねられ、親切に教えてあげた。coldsweats01

行く先々、間違いなくeye上海は大発展upしていると肌で感じるが、反面・・・貧富の差の激しさにも直面する。

夕刻、かねてより約束の投資家との、 約束の場所の南京西路に1時間ほど前に到着し、付近を散策した時のこと…若い女の子が憂いを含んだ悲しげな表情で何やら話しかけてくる。よく聞き取れなかったが、あまりいい話でもないと思い、わざとへたくそっぽい中国語で、『私は日本人、聞き取れない』と言ったところ、今後は、英語で『私はお腹がすいている。でも、お金がない。10元恵んでくれ』という。『私も今金がない』と言って、食い下がる相手を振り払ったが・・・その後30分の間に、同じ手口の2人の女の子に声をかけられた。その2人とも中国語がダメなら、即座に英語に切り替える。全く無視するのがいいのだろうが・・・遊び心旺盛な私は日本語、それも大阪弁で応酬することにした。『あんさんのいうたはること、分かりまへん。大阪弁でしゃべりなはれ!』…そうしたら、2人とも首をすくめながら退散した。bleah敢えて、大阪弁でしゃべったのは、下手に標準語でしゃべったら、今度は日本語に切り替えてくるかもしれないと思ったからだ。  good『昼食は東昌路付近で鴨料理を食べたのだが、味はまずまずの10元(138円くらい?)と安いsign03 恵んでやれば良かったのかなぁthink

夕方過ぎ、投資家と会食・・・大富豪dollarと言ってもテレビで見たりするのとは、全くイメージの違うどこにでも居るような38才の青年だった。confident高層ビルbuildingを3棟所有し、その中のテナントのレストランなどに出資し、時期がくれば売り抜くという通常の投資パターン・・・今まで7building棟のビルと、延べ10店舗に出資したそうだ。ただ手放すタイミングは、儲からなくなったからではなく、店の為にも、出資者の為にもなると判断した時だそうだ。出資する時も手放す時も思い切りが大事。その判断を誤らないない為には、単純な知識だけではなく、いかに多くの真の友を持っているかだという確信を語ってくれた。それでも上海の投資家100人をみた時、90人は失敗をし、残る10人も9人は普通に勤めているのと大差なく、残る1人がどうにか、こうにか…といった状態だそうだ。それと、投資家で富豪になればなるほど、ケチだと言ってた。moneybagよって食事も質素なものだった。  coldsweats01

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滞在日記②

今日は、昆山~蘇州と業者回りである。car dash

出発前に青空の見えるみつばちバー(宿泊者共有テラス)で、熱くもなく、冷たくもない、ぬるい缶コーヒを飲んだ。happy02このバーでは一昨日も昨日もnight宴会だった。娘と同い年くらいのイギリスから来て、2ケ月も滞在しているというミッシェルという女の子に『ハーイ!アキラ~!』coldsweats01などと呼ばれ。。。私と同じ年というシアトルから来たオヤジとは、シアトル・マリナーズのイチローの話で盛り上がり、更に、夜更けまで、英語で人生論をかわすという高級な技を発揮した。coldsweats01とは言うものの・・・半分は聞き取れなかったのが実情。それでも「目は口ほどに物を言いconfident」結構、理解しあえるものだ。

朝8時に上海市内から70Km程離れた昆山に向かった。car 現地の知人の紹介で工場見学・・・

『午前11時』 昆山から更に60Km程 離れた蘇州へ向かった。car  蘇州で訪問した会社はとても大きな会社で、しかも、かなり本気モードで商談に応じてくれた。

昼食はフグを食べた。同行の現地の知人が「この世にフグほどおいしいものはない」と力説する。fish フグといっても日本にない味付だったが、とてもおいしかった。delicious

car dash 移動中にNext04_3 昨年の秋、NHKtvで放送された土曜ドラマ『上海タイフーン』のロケ地を通った。このドラマは日本で行き場を失った一人の30代の女性を主人公に、文化、習慣の違いにもまれ、複雑な競争社会に立ち向かい、切実に生き抜き、やがては国籍を超えた人間関係を得て、自分の「幸せのかたち」を見つける物語である。放映当時、中国語を勉強していた私は、時々出てくる日常会話の中国語セリフに耳earを傾けて聞き入って見ていたものだ。そのドラマで、家族を捨てた父役を演じる古谷一行との再会シーンのロケ地だった。 happy01 scissors

午後は大倉市(正式には倉の字が違うが…) に向かい、日本向けの輸出入業者を訪問し、上海に戻った。

nightは英語も中国語も堪能なマレーシアの若者と語り交流を深めた。

明日、投資家の大富豪に会う約束をしている。積極的に中国での人脈を広げ、対中国ビジネスの拠点を広げて行きたいと思う。punch

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滞在日記①

異国生活も二日目。日本語のない生活は疲れもするが、慣れてみると、気を使うこともなく結構、呑気な気分になれるhappy01

中国は広大な大陸・・・揚子江は有名な中国最長の河川だ(中国では長江(チョウコウ)と呼ばれている)。チベット高原の北東部を源として東シナ海に注いでいる大河で源をたどるには車で21時間もかかるらしい。せめて揚子江河口なりとも観たくてsubway地下鉄6号線の終点『港城路』まで行くことにした。上海の北東のはずれだ。

駅を降りたら、だだっ広い道に砂ぼこりが舞うような何もない、それでいて、近くまで迫っている工業化の影響で空一面煙の漂う、殺風景な街である。地図で見たら、長江がすぐ近くに、ありそうに思えたが、どちらに行けば、いいのか見当もつかない。

駅前には随分多い数の暴走族みたいなのがたむろしshadow我先に『どこ行く?』と聞いてくる。そして、「乗れ!」とえらそうに言う。すると、隣のが『俺が先だ』と喧嘩を始める。乗ったら最後、身ぐるみ剥がされそうな雰囲気に『すぐ近くだから歩いて行ける』と言い歩き始めたが、やはり方向が分からない。仕方なく、立ち止まって、地図を開いていたら、あのバイク組が3人、追いかけて来て、しつこく乗れと言って離れない。『どうも降りる駅を間違ったようだ』と言って追っ手を退散させ、暴走族の見つめる中、スゴスゴと帰ることにした。情けない話であるcoldsweats01

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上海にて

昨夜、上海airplaneに到着した。 Top

今回は、若干の商用と何度か観光などで訪問してきた    中国ではない面を感じようと決意しての滞在である。        長年勉強してきた中国語の会話実践もかね、あえて観光ホテルhotelを避け、路地裏にあるユースホステルeventに滞在することにした。スラム街のような所にあり、近所には怪しげな店が建ち並び、華やかな表通りとは一変ガサツな生活感が漂っている。でも、ホテルの人たちは皆、いい人ばかり・・happy01初めて見る上海の光景のような気がする。

日常の定番の会話は通じるがトラブル発生の際の対話には、かなり苦戦する。coldsweats01

なぜかワールド携帯mobilephoneのはずがメールmailtoしか通じず・・・・この対処はと尋ねると電話局へ行けという・・・とりあえず電話局で、電話カードを購入。。。一件落着good。公衆電話が使える。。次は、パソコンpcも充電切れか、準備したはずの変圧変換器が機能しないのか、作動しないwobbly日常の当たり前の生活環境立ち上げるだけで精一杯。 今朝一番だけで、私は中国ではなんと、オロオロするだけの役立たずかと言うことを痛感した。

でも一生懸命、英語混ぜて話して、やっと通じた時、相手も英語知らなくてごめんなさいと謝って、特に女の子などは涙weepぐみながら笑ってcoldsweats01、喜んでくれる。

フロント付近の青空の見えるテラスで、コーヒなど飲んでいるとアメリカの若者が私の社名入りの青い作業着を見て『oh !! techno art ? 何してる会社だい?』と声をかけてくる。。

ここは上海の下町・・生活環境も整い、いよいよ行動開始だ。

これから上海の都会に向かい、自分の目eyeと耳earと足runで、手探りしながらも中国発展の根拠を探ってきたいと思う。

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日本人って!

政権交代実現の選挙が終わって、やがて10日。

なぜか、私には随分、昔のことのように思える。

民主党の勝利はある程度、予測はしたものの、私はここまで民主党に票が入るとは思わなかった。当の民主党もここまでの議席獲得を予想していたのだろうか。余程の支持政党を持つ有権者以外、いわゆる無党派層は全員、マスコミの報道に踊らされて、民主党に一票を投じたと言っても過言ではないかという程の圧倒的勝利だった。

話変わるが、先日上海に出張した。上海で見る車の信号無視、歩行者の信号の色おかまいなしの道路横断の光景は毎度のことだ。日本に帰ってきて見る信号が変われば、一斉に道路を横断し始める光景が、むしろ不思議なような気がする。というより、東京のど真ん中での、あの人波のドドーッという感じの動きにはある意味で、驚く。

中国人は、安全だと判断するから、赤信号でも進む。信号無視の車が進入してきたら、たとえ、自分の方が青信号でも道路には入らない。

その点、日本人は青信号だから進み、赤信号だから止まる。それはルール遵守というよりは、皆が進むから自分も進み、皆が止まるから自分も止まるという日本人特有の習性のような気がする。それが証拠に、赤信号でも急いでいる誰かが、車が来ないと見て渡り始めると、次々と渡り始める。恰も、自分だけが出遅れていると感じての行動の如く。

どうも日本人というものは、皆がやるから自分もやる・・・皆がやらないから、自分もやらないという国民性を持っているようだ。

海外に行って感じるこの日本人の国民性は礼儀正しいように思えたり、反面、情けないように思えたりもする。

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しばらくです!

随分、ブログを休んでしまった。coldsweats01

「生きてるの?死んだの?」と、一ファン(?)から、ブログ復活を催促されてしまった。

元気です!生きてます!やる気満々です!と言いたいところだが、出口の見えない、この不況に青息吐息の毎日に変わりはない。

しかし、山より大きな獅子は出やしないだろう、誰も命を取ろうとは言ってない!と将来に向けての不安を追い払い、元気で進んでいきたいと思う。

快調だから、元気なのではなく、元気だから快調なのだ!健康だから元気なのではなく、元気だから健康なのだ!と随分昔、或る人に言われたことがある。

その人は「健康な時、快調な時のみに出せる元気なんか、本当の元気とは言わない」とも言った。

今から40年も前のことだ。その人が今なお、90歳にして週1回flagゴルフに行き、悠々たる人生を過ごしてらっしゃることを聞いた。

元気!元気!の人生を送りたい。

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幸せ

最近、ちょっと漢字に凝ってる。pencilというより、字というものはよく出来ているなァと感心してみたり、やはり、何か意味があって、このような字になるのだろうかと思ったりもする。

「幸せshineと言う字と「辛いweep(つらい)」という字は意味は正反対であるが、形はよく似ている。「辛い」という字の最上段の縦棒に横棒を一本クロスさせるだけで180度、意味の違う字になってしまうのだ。

辛い状況からの脱出、幸せな状況への転換には、この1本の棒を加えるように、ちょっとした考え方、捉え方、発想で充分なのだろう。何も、「辛い」という字を消しゴムで消し、新たに「幸せ」という字を求めなくとも、ほんのちょっとしたことで充分なのだ。

不況はまだまだ続く。辛い思いを強いられる中小企業のオヤジとして、私もその例に漏れることなく、日夜、戦っている。

しかし、100年の一度といわれるこの不況は、今まで大してうだつの上がらなかった経営者としては、100年に一度の千載一遇のチャンスなのかと思ったりすれば、いや、そう思い込んでしまえば、妙に楽しい。coldsweats01

世間では大型連休がスタート。例年、当社のような「貧乏、暇なし会社」は、ろくに休みもとれなかった。しかし、不況のおかげで(?)私も大型連休に突入できる。仕事とは関係のない、しばらくご無沙汰の友と会ったり、感心にも勉強などしたりしてみようかと、今、ウキウキsmileしている。

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